小石川後楽園(3)

内庭から再び、庭園中央の大泉水に戻ってきました。
大泉水は琵琶湖を模していて、左手前の石は「竹生島(ちくぶじま)」を表しているそうです。

西門の反対側から見た「徳大寺石」。

同じく「蓬莱島」。

手前の入江は「船着」のようです。
その先に進むと「松原」が広がります。

往時は数百本の松が生い茂り、吉宗が絶賛したとか。
松原を超すと「稲田(いなだ)」がありました。

光圀が農民の苦労を伝えるために作ったそうです。
稲田の向こうには「花菖蒲田」と「藤棚」が見えます。
稲田の奥に「不老水」と呼ばれる井戸がありました。

干ばつでも枯れず、洪水でも水が溢れなかったといいます。
「神田上水跡」だとのことです。

(続く)
大泉水は琵琶湖を模していて、左手前の石は「竹生島(ちくぶじま)」を表しているそうです。

西門の反対側から見た「徳大寺石」。

同じく「蓬莱島」。

手前の入江は「船着」のようです。
その先に進むと「松原」が広がります。

往時は数百本の松が生い茂り、吉宗が絶賛したとか。
松原を超すと「稲田(いなだ)」がありました。

光圀が農民の苦労を伝えるために作ったそうです。
稲田の向こうには「花菖蒲田」と「藤棚」が見えます。
稲田の奥に「不老水」と呼ばれる井戸がありました。

干ばつでも枯れず、洪水でも水が溢れなかったといいます。
「神田上水跡」だとのことです。

(続く)