境界に生きた心子

BPDの心子との波瀾万丈の日々をつづった「境界に生きた心子」。甘い蜜月と凄まじい修羅場、壮烈ながらもピュアでひたむきなラブストーリーです。愛を求めて力の限り生き抜いた、千変万化の僕の彼女を紹介します。

法律で 「脳死は人の死」 に

イナモト
 
 改正臓器移植法案・ A案が 参院本会議で成立し、

 脳死は一律に 人間の死であるということが、 法的に決まってしまいました。

 僕は20年ほど前、 脳死と移植については かなり勉強しました。

 マンガでデビューした時の 作品 (作画共) も、

 シナリオで 日本映画製作者連盟・ 城戸賞を 受賞したのも、

 脳死と移植の話でした。

 そういう立場からして、 この法案成立には とても疑問を感じます。

 今回の法改正は、 今まで 15歳未満の子供が 移植を受けるには

 海外へ行くしかなかったのに対し、 国内での手術の道を 開くことが主眼です。

 渡航移植を制限するという WHOの “外圧” もありました。

 言うまでもなく、 移植でしか助からない子の 命を救うことは、

 最重要事のひとつです。

 ただしそれは、 現行法の年齢制限を 撤廃、 または緩和すれば

 事足りるものだと思います。

 「脳死は人の死」 であると 法律で一律に 決める必要はなく、

 現行のように 脳死移植する場合だけ 人の死とするので良いはずです。

 脳死状態で その人が死んでいるとは、

 多くの国民は 受け入れていないでしょう。

( あるアンケート調査では、 脳死が人の死と 考える日本人は 26%とか )

 国会議員たちは 脳死のことについて、

 よく理解をしていない とも言われています。

 勉強会が開かれても 皆途中で帰ってしまうとか、

 投票行動をちゃかすような 笑い声やヤジがあったりとか。

 ある議員は 採決が迫ったとき、 移植を待つ子供の 報道を見て、

 それで A案に決めたといいます。

 しかし そんなことを考えるのは、 脳死移植論議の 初歩中の初歩です。

 移植を受けなければ 死んでしまう立場、

 血が通っている我が子から 臓器を提供する立場、

 精緻な解釈を必要とする 脳死という状態、

 移植の予後、 その他 様々な問題を 考えなければなりません。

 上記の議員は 議論の入り口しか 知らないあり様で、

 人間の命に関わる 重大な一票を 入れてしまったことになります。

 衆院本会議のときは 採決直前に、 A案提出者の 盛んな多数派工作によって、

 結論を決めかねていた議員たちが A案になだれ込みました。

 参院では、 脳死を人の死としない 修正案が提出されましたが、

 これを衆院に戻すと、 時期的に衆院解散で 廃案になってしまうのを避けた、

 という事情もあるようです。

 人間の生死に 関わる法案が、 こんないい加減な 議員たちによって、

 深い死生観に根ざした 判断ではなく、

 文字通り “政治的” な力で 決められてしまっていいのでしょうか。

(次の記事に続く)
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